藤原定家(ふぢはらのさだいへ)は塚本邦雄の神か悪魔か

藤原定家は、日本人が誇るべき偉大な芸術家である。

彼が残した、つまり彼の筆になる日本文学の古典も数多い。

貴族であり、すでに政権は鎌倉武士に移行していたが、彼はそれなりの官位を昇りながら、芸術のドンとして生涯を終えた。


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藤原定家(ふぢはらのさだいへ)の新古今和歌集に載った秀歌

藤原定家は、新古今和歌集の春歌上に四首載っている。

春の夜の夢の浮き橋とだえして峰に別るる横雲の空

大空は梅のにほひにかすみつつ曇りも果てぬ春の夜の月

梅の花にほひをうつす袖の上に軒漏る月の影ぞあらそふ

霜まよふ空にしをれしかりがねの帰るつばさに春雨ぞ降る

どれも名歌である。新古今全体では四十六首。

藤原定家(ふぢはらのさだいへ)を新古今和歌集の歌人は評価し誹謗した

藤原定家は、マラルメにも対比される抽象詩人。

難解な歌は、まるで禅問答のような難解さから、達磨歌(だるまうた)と誹謗された。

あるいは、言葉も、狂言綺語と。

しかし、芸術は現実の模写ではないし、文学は言葉の芸術である。

藤原定家は、日本最高の文学者にして、芸術家である。

摂関家(九条家)が定家一族の御子左家を支持し、支援した。

大海の磯もとどろによする波われてくだけて裂けて散るかも

「~かも」の歌の終わり方が万葉調である。あるいは斎藤茂吉風である。

この歌の作者は、鎌倉三代将軍 源実朝である。

やまと歌をよく知っているなら別であるが、普通は武家の頭領と和歌とは結びつかない。

私も違和感があった。


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